季節、四季の花、風景にちなんだ詩を掲載



































このごろは 花も紅葉も枝になし しばしな消えそ 峰の樹氷   後鳥羽陰 作
後鳥羽陰(1180〜1239) 第82代天皇・譲位後、北条氏と武力で戦い、たちまち敗れて隠岐に敗流(承久の変)・同地で崩御。鎌倉時代前期の代表的歌人で、「新古今集」成立の中心だった。在島19年間に「隠岐本新古今集」「後鳥羽陰御口伝」等を遺した。







菊花    白居易  作
                 一夜新霜 瓦に著いて 軽し
                 芭蕉は新たに折れて 敗荷は傾く
                 寒に耐うるは 唯 東籬の菊のみ有って
                 金粟(きんぞく)の花は開いて 暁更に清し
【作者】白居易(772〜846)中唐の詩人・白楽天とも言う・
【訳意】夜が明けると、初霜がうっすらと降りて瓦が白くなっている。この寒気に耐えず、芭蕉は新たに折れて、破れたはすの葉も傾いてしまった。そうした中で寒気に耐えているのは、ただ東のかきねの菊だけであって、その菊の花は美しく咲いて、この暁の風景をいっそう清らかにしている。




秋桜(コスモス)   さだまさし 作
                淡紅(うすべに)の秋桜(コスモス)が秋の日の
                 何気ない 陽溜(ひだまり)にゆれている
                   この頃 涙脆(なみだもろ)くなった母が
                      庭先でひとつ咳(せき)をする
                      縁側でアルバムを開いては
                        私の幼い日の思い出を
                       何度も同じ話 くりかえす
                      独り言みたいに 小さな声で
                    こんな小春日和の 穏やかな日は
                      あなたの優しさが 滲みて来る
                        明日(あした)嫁ぐ私に
                           苦労はしても
                        笑い話に時が変えるよ
                         心配いらないと笑った





              つきぬけて天上の紺曼珠沙華         山口智子 作
              曼珠沙華 あっけらかんと道の端       夏目漱石 作
              年ごろの似てかえりみて曼珠沙華        中村汀女 作
              曼珠沙華さいてここが私の寝るところ     種田山東火 作
俳人は「彼岸花」と言う語を用いず、「曼珠沙華」のほうを用いる
 




人とほく ゆきて帰らず 秋の日の 光しみいる 石だたみ道    佐々木信綱 作
佐々木信綱(1872〜1963)歌人・歌学者・三重県生まれ・東大古典講習科卒・父弘綱(歌人・歌学者)没後、後を受けて竹柏会を主催・「心の華」を刊行・歌集「思草」など・歌学史・和歌史の研究家として多大の業績を残す。
楽譜有・18、9、18




鶏頭は冷たき秋の日にはえて いよいよ赤く冴えにけるかも     長塚 節 作
9月、朝晩冷えるようになりました。鶏頭の赤い色がどこそこで目につきます。18,9,8楽譜有
長塚 節(1879〜1915)  歌人・小説家・茨城県の旧家に地主の長男として生れた。正岡子規に入門・写生の歌に独自の境をひらく・「鍼の如く」と題す大作231首は有名。農民の世界を描いた長編小説「土」がある。喉頭結核のため36歳で没。







鳴く蝉の命の限り鳴く声は 夏のみそらにひびき泌みけり    岡本かの子 作
蝉は地上に出て生きるのは約一週間。その間鳴く様は人間の生き様にもにて共感を得る18,8,25楽譜有
岡本かの子(1889〜1939) 小説家・歌人・漫画家岡本一平と結婚。長男岡本太郎(画家)・歌集に「かろきねたみ」「愛のなやみ」。小説に「鶴は病みき」「生々流転」「老妓抄」など。耽美主義的。浪漫主義的作風で独往。




雨のあしなびきて見ゆる雲間より懸け渡したる虹のはしかな    木下幸文 作
雨脚はまだ風になびいているのに空ではもう雲がきれ、虹の橋が雲間に立つ様を詠っている
木下幸文(1779〜1821)江戸後期の歌人・備中国生れ・香川景樹に学び・桂園門下の逸材として名をなす。号は亮々舎(さやさやのや)、歌集「亮々遺稿」がある。生活苦を歌った「貧窮百首」で知られる。




風吹けば白百合草を踊り出づ        山口青頓 作
風が吹き過ぎる瞬間、なびく草むらからすっくと身を起こす白百合を詠んでいる
※山口青頓(1892〜1988) 俳人・盛岡市生まれ・東大採鉱学科卒・東大名誉教授・高浜虚子に師事・心のゆとりと風趣に富んだ作品多し・句集に「雑草園」「雪国」「冬青空」 上句は「雑草園」所収
百合咲くや汗もこぼさぬ身だしなみ      有井諸九 作
※日盛りの庭に百合が咲いている。じっとしていても汗ばむほどの夏の真昼、清らかな百合の花の傍らには、汗一筋も見せずに立つ身だし良い女(作者)がいることを詠んでいる。
※有井諸九(1714〜1781) 江戸中期の俳人・筑後の生まれ・俳人医師有井浮風と結婚・難波に移る・浮風没後、剃髪・筑紫・奥州を吟遊・上句は「諸九尼句集」に所収。

 


風ふけば蓮のうき葉に玉こえてすずしくなりぬ蜩(ひぐらし)の声     源 俊頼
源 俊頼(1055〜1129)平安後期の歌人、歌学者、大納言経信の3男、堀川、鳥羽の2期に仕え、従四位に叙せられた。晩年出家、和歌革新に努め「堀川百首」を成立させた。また、「金葉和歌集」選進、その詩想は俊成に流れて幽玄体へと深められた。家集「散木奇歌集」、歌論書「俊頼髄脳」がある。

      夜の向日葵(ひまわり)踊り果てたるごとく立つ     宮津昭彦 作
宮津昭彦   昭和4年横浜生まれの俳人。俳人大野林火に師事、「積雲」に掲載。











    川ひとすじ 菜たね十里の宵月夜 母が生まれし国美しむ   与謝野晶子 作

与謝野晶子(1878〜1942)大阪・堺生まれ。歌人与謝野鉄幹の新詩社に入り、「明星」に短歌を発表。「みだれ髪」で女性としての自らの人間性を肯定し、高らかに詠いあげた。厖大な歌を詠み、歌論、社会評論、古典評釈、「源氏物語」の訳、小説等にも著作多数。若くして故郷を離れたため、故郷を歌った詩も多い。


                    紫刑の花(通称 豆科のすおう)
          花に対して旧を懐(おも)う   釈 義堂 作(南北朝時代の高僧)  
               紛々たる世事 乱れて 麻の如し
               旧根 新愁 只 自ら嗟(なげ)く
               春夢 醒め来たって 人見えず
               暮檐(ぼえん)雨は洒(そそ)ぐ紫刑(しけい)の花
【通釈】世の中のことは実にわずらわしく、まるで乱れた麻の糸のようである。その間に多くの知人を失い、昔のことを恨み、近頃のことを愁い、ただみずから嘆くのみである。春のうたた寝の夢からさめて見れば、夢に見たそれらの人達の姿はなく、夕暮れの軒端の雨が、さびしく紫刑の花にしたたっているだけである。


       桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命(いのち)をかけてわが眺めたり     岡本かの子 作

                         やがてこの花も

       花の色はうつりにけりないたずらにわが身世にふるながめせしま       小野小町 作    

巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を  坂門人足 作






君ならで誰にか見せむ梅の花

        色をも香をもしる人ぞしる   

紀 友則  作

紀 友則(生没年不詳)
平安前期の歌人。三十六歌仙の一人。醍醐天皇の勅命で、紀 貫之、凡河内躬恒、壬生忠岑とともに、「古今和歌集」撰進にあたったが、完成を見ずに没した。

                    
白梅のあと紅梅の深空あり    飯田龍太 作